その1)見知らぬ部屋で、ベッドの上で横になっていた。俺の体は腰のあたりで真っ二つに切られていた。その上下に隙間はなく、かろうじてくっついているという感じ。何かを取ろうと思い(?)体をひねって起こそうとしたが、これだと体が千切れてしまう(あるいは死ぬ?)から無理だと思った。
【洞察】今は動きようがないとか、動いても(致命的な?)ダメージを受けるだけだということなのか。最も考えられるのは、常に考えている生活のための収入の是非についての話だろう。
その2)函館の旧下宿にまた住むことになった。今度は父(故)と同居だった。部屋はがらんとしてほとんど何も置かれていなかった気がする。リアルとは構造が違い、隣の住人とはほとんどシェアするような形(廊下もトイレも共用の昭和の下宿に近い)になっていた。前回と同じアパートのはずだが、だいぶボロくて様子が違っていた。
隣の住人も最近入ってきたようだ。若い女が2人で(大家の話では?)お笑い芸人コンビAらしい。顔はまあまあだが元ヤンっぽい感じの、やや強面の女たちだった。ともかく部屋以外はほとんど共用なので、もしネタの練習をされるとうるさくて困るなと思った。
Aは俺を見かけると「お父さん」(おじさんの敬称らしい)と呼んだ。俺もいい歳になったなと思った。
玄関は、上半分に窓ガラスの入った細長い板戸が4つくらい連なった、あまり見たことがない構造だった。開くのは右端だけのようで狭いなと思った。Aは玄関横に、友人か誰かにもらったらしい金属フレームの四角柱型の傘立てを用意してくれた。2人のものなのか、傘がすでに何本か入っている。俺のビニ傘もそこに入れてもらうことにした。
トイレ(廊下に2つあった気がする)に行くとやはりボロくて汚かった。
部屋に入ってふと、作曲していた頃を思い出し、またやるかどうか考え苦悶した。ソフトは全部捨ててしまったし今更だな、ロイヤリティフリー作品の配信だけで食えるとはやはり思えなかった。
【洞察】
1.函館の旧下宿では9年くらい作曲の修行をしていた。作曲は引退しているので、広義の創作(おそらくは小説)の修行を意味しているかもしれない。
2.父(故)と同居というのがポイントで、左脳的な仕事(おそらくは小説)を暗示していると思われる。
3.女のお笑い芸人コンビとほぼシェア状態というのは、芸人は漫才やコントの脚本を書くので、やはり小説(特にエンタメ系)に関係しているかもしれない。元ヤンなのは特にアウトロー系ということなのか。
4.Aのお父さんが俺で、さらに父(故)がいるという親子関係は何か意味があるのか。
5.傘立てや傘は「世間の雨風を避ける」ことの象徴であろうか。
6.作曲では食えないとわかりリアルでは引退したが、それを悔いている話とは思えない。ここで悩んでいるのは小説のことかもしれない。やはりどのみち食えないということなのか。あるいは、作曲では食えなかったが他のことではどうか、という謎かけ?