その1)父(故)の車でドライブした帰りのようだった。ラジオが大きめにかかっていた。文字情報があり『多部未華子』とあった。いい曲だがやや聞いたことある感じの曲で、ニューミュージックっぽいバラードだった。オフコースのカバーっぽい曲もあった。父にしてはこういうのを聞くのは珍しいなと思った。

いつの間にか見知らぬ自宅にいた。見知らぬ子供がオーディオの音を切ってしまった。うるさかったのかな? と思った。さっきの人の歌をもう少し聞きたいので、どうにかまた聞く方法はないかと考えていた気がする。

 

【寝る前の思考】(1000曲まで)あと9曲となった。

【洞察】なぜ歌手でもない多部未華子なのかがよくわからない。名前が重要なのか? 曲を多く書いてきたがまだ未昇華である(つまりそれで引退ではない)ということ?

 


 

その2)(半覚半眠)見知らぬスーパーにいた。『楚』(いしずえと読むらしい)という名のソーセージが売られていた。それはレモン風味だった気がする。

 


 

その3)実家らしき家にいた。本を買うための金だったか、父(故)に貸しを作っていた。父はいくらか札をくれたが、少なそうなのでこんなもんかと思った。だがよく見ると2枚で15000円(聖徳・伊藤時代の古い札っぽい)だった。これだともらいすぎなので、俺は「後で返すわ」といって財布に入れようとした。今月度の生活費が足りてないので、今はその足しにしようと思った。

だが札をよく見ると、さらにだいぶ古い札(だがリアルより大きくてピン札っぽい)に変わっていて、額面的には800円(500円+300円?)くらいだった。これだと(現金としては)少ないので、ちょっとがっかり感があった気がする。

 

【洞察】今読んでいる本(1万年の旅路)を買うかどうかの話か? 父は読書に関係する話も多いような気がする。結果的に額面的には低いが、古銭のピン札はかなり高価な取引になることもある(後から価値が増してくるという含意か?)ので、本自体の価値はそれなりだが、中身(古代の知恵)はそうではないということなのか?