その1)中学か高校の教室にいた。英語らしき授業で、李沢っぽい教師Aが「ネスケってわかる? ネスケ」といった。Aは今どきブラウザにネスケを使っているらしい。1人ずつ質問されたが、生徒たちは誰も知らないようだった。俺は知っていたが、訊かれると面倒なので知らないフリをしようと思った。

Aによると、ネスケの利点として今どきのブラウザ用の攻撃には引っかからないとのことだった。今ではマイナーすぎるせいで対象にされていないようだ。ただ、ネスケ特有の欠点もあるようで、特定の文章を読みとるときに妙な挙動をするようだった。

 

【洞察】よくわからないが、昨日読み終えた本「嫌な気分よ...」に対する批評なのか。認知行動療法は古いアプローチ方法だが、現代の心の問題に対しても(むしろ古いだけに?)破綻しないということなのか? ただし特定のケースでは問題もあるのか。

 


 

その2)実家の居間にいた。母が何かの相談で誰かに電話していた。これからその友人がやってくるという。少しして、母は窓の外を見ると「もう来た」といって、慌ててテーブルの上などを取り繕いはじめた。テーブルの上にはいくらか小銭があり、俺は床にあった1円玉を拾ってテーブルに置いた気がする。

窓の外にはでっかい赤いアメ車がいた。俺は「キャデラック? 国会議員か何か?」といった。母によると議員ではないようだ。

車の路駐が済むと、60〜70代くらいのやり手そうな渋い声の見知らぬ男Bがやってきた。Bは長ソファにいる母の隣に座ると、ざっくばらんに話しはじめた。そんなに親しい男の友人がいるのかと意外に思った。

 

【洞察】何らかの有力な協力者という感じだが、なぜ赤いアメ車なのかよくわからない。いかにも金持ちか成金風で、俺は小銭を拾っていることから、金の都合の話かもしれない。