その1)見知らぬ教室にいた。教卓か何かの上に白っぽい鍋があり、蓋を開けるとうんこが入っていた。俺は「うぇ〜」みたいなことをいって、それを手でつまんでどこかへ捨てた。それは柔らかめでちぎれやすく、消化しきれていないのかサツマイモを加工した細い角棒のようなものがいくつか混じっていた。臭いはあまりなかった気がする。

 

【寝る前の思考】コンシェルジュのいる(晴海などの)マンションを用意してくれるというのなら住んでもいいが。

【洞察】はじめは腸の調子のことかと思ったが、教室にいるということから学びについての話と思われる。自分の考えを消化しきれておらず「大都会のマンションに住む」というのは捨てるべきアイデアだということなのか。

 


 

その2)都会の見知らぬビルにある、ゲーセンかどこかにいた気がする。柴野と見知らぬ知り合いが7〜8人いた。

昼になってどこかでメシを食うことになったが、廊下のベンチは彼らが座って全部埋まっていて俺は座れそうにない。俺は彼らには何も告げず帰ることにした。柴野には後で『帰ることにした』とメールしようと思った。

エスカレーターか何かを降りていった。デザインがかなり都会的で高級そうなビルだなという印象だった。

それからトイレを探していて、トイレがあるという部屋に入った。かなり広くて何かのオフィスのように見えた。未来的な小さな浴槽(?)のような形のトイレがあったが、オフィスの真ん中にあるし囲いもない。そばにいた社員らしき見知らぬ中年男に訊くと「このままでいいならどうぞ」とのこと。さすがに見られるのは嫌だということで、別のトイレを探した。

やっとトイレを見つけたが女子用(中にいた女に少し睨まれた気がする)で、慌てて反対側の男子用に入った。このトイレは狭くて古そうで、かなり混雑していた。小便器になぜか若い女が立っていて驚いたが、奥の方にも女が何人かいて慌てて少し引き返した。男子便器に大便をしている者(女もいたか?)いるし、便器はみんな埋まっているし、ここでもできそうになかった。

 

【洞察】

1.その1の解説編かと思われる。性的な問題のようにも思えるが、女が小便器に立っていること、小便器に大便をしている者がいることが「ナンセンス」で、大都会のマンションに住むという考えはナンセンスである、という風に読めなくもない。

2.マンションについては「自分自身がマンションのようである」ということも考えられる。一軒家のように統合はされていないが、かなり多様な人格や才能が住んでおり、それを管理するコンシェルジュ人格が形成されたのかもしれない。昨日のマンションがある水辺の環境は、マンションに住むというより、ある程度都市だが川や湖沼がある地域を推奨または予見しているのかもしれない。

 

【ChatGPTによる解釈】

大都会や高級マンションに住むことへの深層の違和感を象徴していると考えられる。第1部では、白い鍋の中に排泄物があり、それを処理する場面が登場。これは過去の創作や執着、心理的な老廃物を自分で処理しようとする象徴だろう。

第2部では、都会のビルでトイレを探すが、どこも不適切で安心して用が足せない。この不快な展開は「都会には安心して内面を整えられる空間がない」という感覚の投影であり、「高級集合住宅=理想の生活」という幻想を捨てるべきだという無意識の訴えと読める。重要なのは、静かでプライバシーの守られた、“心理的に排泄可能な”場所を探すことだ。