その1)見知らぬ部屋にいた。俺の片脚が外されていて壁にたてかけてあった。どこかへ行く用があり、その脚をどうするか、冷やしすぎたり温めすぎたりしないよう場所を考えた。その脚に触ると冷たく、特に冷やしすぎてダメになるのが不安だった。

場所が決まり、そこから出ようとしたとき、ふと気づくと(夢の中の夢から覚めると?)どこかの教室(?)にいた。そして仲間たちが一斉にヒーリング的な魔法のようなものをかけてきた。(脚もいつの間にか回復していて?)それで安心した。

 

【洞察】

1.片脚だけ布団から出て冷えていた可能性はある。

2.休みすぎて血を巡らせないとダメになるという意味なのか。

 


 

その2)何かの映画を見ていた。何かの経緯の後、主人公は急に周りにいた数人の人と一緒に踊りだし、リポDチオビタエスカップのCMを順に演じた。エスカップのときには江川卓が共演していた。

作品中にCMなんて、奇をてらったのか? でもそんなのはダメだなと思った。

 


 

その3)実家の自室っぽい部屋にいた。そこには写真家の男A(老人だったか?)とその知人がいた。Aは光沢のある特殊な感光紙を使っていた。写真を撮っても何も映らないが、時間経つと徐々に画が見えてくるタイプのようだ。

Aは何か撮ったようだが、まだ時間がかかりそうとのこと。俺は持っていた感光紙を光に透かしてみると、カラフルな抽象画のようなものが中心に小さくうっすら見えてきた。そのことをAに伝えた。だが、Aが今使っている紙は薄くないようで、光に透かして見ることはできないようだった。

いつの間にか、そのときの様子をWebで見ていたことに気づいた。ツイッターとかもフォローして交流してみたいが、フォロバはされないだろうなと思った気がする。

 

【洞察】

1.昨日ニコ美で見た辻村という陶芸家の影響かもしれない。

2.うっすら見えた小さな抽象画は、目指している作曲を暗示しているのか。だが、小さいしまだよく見えていないのは、それを確信や確立するまでには時間がかかりそうということか。

3.ポラロイド的な写真を使っているのは、時間をかけず即興的に作る(いつもそうだが)ことを示唆しているのか。