0.2秒、女の顔を見る。

自分なりの小さな森田療法をはじめた。
視線が過剰に気になったり、それが引き金で斜頸になるから、という言い訳による行動拒否(逃避)はできる限り減らしていければいいと思う。


失恋して以来数年間、女の顔がまともに見ることができない(申し訳ないが年齢にもよるw)。バイトのときは仕事と割り切っているせいか(目的レベル★★☆→生活資金のため?)可能なんだけどねぇ。
というわけで、今日はすれ違った女を0.2秒だけ見るということをやったw。
いやー、もー、緊張する。
てめーが心配するほど見られてねーよ、利害のない奴なんか興味ねーんだよ、ってのが一般的な見方だが、実際やってみると10人に2人くらいは目が合ってしまうんだなコレが。
偶然なのはわかってる。だけど、それにしちゃ打率がよすぎねー?w
1秒以内なら見ても怪しまれないという通説を信じ、またやってみようっと。


もう一つ気になること。
だいたい意味がわかっている言葉や、すでに調べた言葉を、辞書で何度も何度も確認してしまって時間を浪費する、半強迫的な行為。本当にこれで正しい用法なのか、添削者に笑われるのが怖いなどと、心配になってしまうのだった。
中途半端な強迫と完璧主義(気分次第で大ざっぱになってしまうところもあって、気分本位の傾向も)の片鱗が見え隠れしている。
成功体験がないので、精神が非常に弱っている。
報いを求めてはならないのだが、少しくらいは結果が欲しい〜。
本当にこの選択で良かったのかと、決心が揺らいでいる。
一年以上新作に手をつけず、推敲ばかり続けていられるのが不思議なくらいだ。


執筆をはじめてちょうど5年。
原稿を前にしてみる。
5年でその程度なのか、それとも5年でこれだけやれれば上出来なのか。
とにかく筆が遅い。頭の回転が悪い。論理的思考が弱い。描写が浅い。
っていうか、努力が足りないんだろ。


自分にとって小説を書くということが、本当に目的本位(自己実現)の行動なのか、それとも不遇な現実の「世間体のよさげな逃避」(そして自己満足)なのか、だんだんわからなくなってきた。
アニメしか見ないとか、ネトゲしかやらないとか、楽な逃避ならいくらでもあるので、前者であることを信じてやるしかない。