きまぐれ紀行(15)〜石見・隠岐・丹後〜

4/6
 横浜からムーンライトながら91号で大垣へ向かう。乗る前に抗ヒスタミン系ドリンクを飲んだがさっぱり効かず、寝たのは1時間くらいw。大垣→米原→京都と各停を乗り継ぎ、山陰線で城崎温泉へ。
 レンタサイクルがあるというので駅前を探したが見つからず、改札にいた女性駅員に訊いたら宿案内所にあるのだという(地味すぎてわからん)。そんなことよりこの駅員さん、制服と童顔のミスマッチがなんとも萌え萌えな感じで一瞬惚れそうになったw(近頃の鉄おとめは侮れないぜ)。で、駅前からママチャリ(変速なし!)を飛ばし、強風、花粉、坂道という強敵を乗り越えた末、玄武洞公園に到着。たかだか5キロでバテる。
 玄武「洞」というからには立派な洞穴があるのかと思いきや、「ほぼ」壁だったw。幾何学的な柱状節理が5つ並んでいたのだが、やはり本命は右端の「青龍洞」

であろう。形の美しさもさることながら、水鏡に映った像と併せて水面すれすれから眺めると、異世界的な景色が現れてなかなか楽しめる。
 再びチャリで駅に戻り(例の萌え駅員はすでにいなかった;;)、浜坂→鳥取と乗り継ぐ。その途中、鉄道写真の超名所、餘部鉄橋(橋梁)では、古い橋が近々取り壊しになるというので、「鉄」だけでなく一般客までデジカメを手に窓に乗り出していた(俺もそこに含まれているw)。
 鳥取からは快速で出雲市へ。まずはここで一泊。


4/7
 早朝から小雨が降り続いている。一番列車で出雲市から温泉津へ。風も吹いてきて天候が悪かったが、銀山方面へのトレッキングの予定は変えず。ここから強行軍がはじまる。
 温泉津の駅前から港の方へ少し歩くと、沖泊という戦国時代頃の水軍の要衝らしき遺跡に出る。天気も悪いし徒歩の時間配分がいまいちわからないので、残念ながら遺跡探訪は省略して、風雨に打たれながら町道を上っていく。地図ではわかりにくいが、この辺りの道路は起伏が激しく、思いのほか体力を消耗するので注意(おそらく降路坂を除けばここが最大の難所といえるw)。
 町道の途中で遊歩道への分岐があるはずのだが、標識が地味すぎたり、変な場所にあったりして、知らない間に見逃してしまい、通るはずのない国道9号に出てしまう。妙だ妙だと思いながら下ってきた急坂を上り返し、へとへとになりながら「松山の道標」を見つける。じ、地味すぎる……。こんなのわからん……。
 石見銀山の公式HPからDLした地図、これがクセモノで、それなりには詳しいのだが、銀山側から下る方を想定しているらしく、温泉津から上りたい場合は気をつけなければならない(この後も標識もなく道幅もそう変わらない分岐が何度もでてきて、ドキドキさせられたよ!w)。勘の悪い人は素直に銀山から下ったほうがいいかも……。
 それはともかく、松山の道標からは林間の遊歩道が続く。雨でけっこうぬかるんでいるが、雨天行は屋久島で慣れているので、どんどんいく。
 林を抜けるとまた普通の道路に出た。民家の私道みたいな細道をうだうだと上り下り、また林に入って「中村の題目塔」(ってのがあるらしいが発見できずw)にでる。ここからまた舗装道路で、棚田と黄色い花(たぶん菜の花)と桜が美しい西田地区の山里をいく。
 準古風な町並みを抜けて、坂を上ると「五老橋」。ここからが本格的な山道「降路坂」だ。昔の敗残兵はここを馬で駆け下りたらしいが、ほんとにこんな狭いところを? と思えるほどの隘路。途中、何度も息が上がってしまい、立ち止まる。耳を澄ませてみる。誰ともすれ違わないし、めぼしいものは何もないけど、人間界にはない大量の「何か」でそこが満たされているような気はする。表現者としてはまだまだ5〜6級(自己評価)くらいなので(基準がわからんw)、言葉ではうまく表現できず、もどかしい限り。まあ、なんというか、晴れでも雨でもなく、小雨が降ったり止んだりするときの森の中ってのが、格別(別格ともいう)なんですなー、これが。
 ぜーはー喘ぎながらもどうにか峠を越え、

渓流沿いの小道を下っていくと「龍源寺間歩」にでる。予想はしてたけどさー……。ツアー客の団体にぶちあたってしまい、せっかくの清々しい気分がゲンナリ。こういうとき、世界遺産登録って迷惑だと思う。いや、そもそもそんなことしなけりゃ遺せないようなものなら、はじめっから廃れてしまったほうがいい。人の努力をかえって奪う、無駄な肩書き。
 そのとき間歩の坑内は、平均年齢70.58歳(推定)、ラッシュアワー並の人口密度で、スローシャッターなんかやってたら迷惑がられるような大混雑。人の背中を見に来たんじゃねーぞ、コラ! 横穴の銀の原石らしき淡い輝きを見られたことだけが、唯一の救いだった。
 間歩を後にして市道や銀山遊歩道を下って脇道をいくと、清水谷製錬所跡にでる。別子銅山に似た要塞のような造りが印象的。残念ながら敷地内は立ち入り禁止で、上から撮り下ろすことは叶わず;;。
 本線に戻りさらに下ると、人々でごったがえす銀山公園周辺の広場があり、そこを横切るとすぐ「五百羅漢(羅漢寺)」がある。岩の洞穴に五百もの人の像があるなど、なんか怖そうだ……と予想していたが、一つ一つ見ていくと、どれもすべて違う人間臭い表情(羅漢ってのはまだまだその道の半人前だそうで)が、こういっては悪いのかもしれんが、なんか和んだw。
 ここいらで腹が減ったので、近くの「御前そば」で割子そば(3段)を食う。うまいが量が少ない。食ったそばから腹が減るので、有馬光栄堂で「げたのは」という甘い煎餅をバリバリ食って、中村製パンで「おはぎパン」(おはぎ自体は苦手だが、これはなぜかイケるw)を頬張って、街道の古い町並みを眺めつつ、

旧河島家、熊谷家、大森代官所跡などの定番を通り、城上神社へ。ここにある天井の「鳴き龍」や奥の障子に描かれた鶴が目を引いた。
 一通りまわった後、銀アクセサリーの店とかにも寄ったが、ビンボー旅なので、見るだけw。
 代官所跡から路線バスで仁万へ。そこから各停で米子までいって、そこで一泊。


4/8
 朝7時、米子から境港線。3両編成のひとつが「猫娘」デザインの車両

になっていたので乗ってみた。時間帯が悪く、中高生のラッシュに遭い、車内は終点の間際までずっと混雑。
 境港からは路線バスで七類港へ。乗船名簿に記入し、フェリー「くにが」に乗船。2等客室へ。中〜長距離航路らしく座席ではなく、いわゆる雑魚寝部屋だ。伊豆諸島航路の3等は地下室みたいだったが、今回は外が見えるのでまだマシw。領地もフリーで好きな場所に寝転がれる。
 目的地の来居(知夫里島)までは約2時間。酔い止めでかったるくなる体質の身としては、微妙すぎる長さだ。ま、なんとかなるだろう……と素のままでいたら、1時間ほどでやっぱり少し酔ったw。波は1.5mの予報……うーん。しょうがないので、オープンデッキに繰り出し、冷たい風と波しぶきに打たれてようやく回復。
 午前11時半、来居港に到着。知夫里島の資料が少なく、観光協会でハイキング用マップをもらおうと、あてにしてきたのだが……営業してねーし!w。真冬じゃあるまいし、やる気あるのかね。
 しかたなく島前の総合パンフを片手に、強い日差しの下、歩きだす。知夫はとにかく標識(特に来島者用の)が少ない島で、パンフの大ざっぱな地図も頼りなく、しょっぱなから迷ってばかり。それでもどうにか郡(こおり)にでることができ、海岸沿いの車道を歩く。いきなりの急坂にうんざりしたが、これが地獄のはじまりだったとは、そのときは知るよしもなかったのでした。
 小さな峠を一つ越え、誰もいない仁夫里浜公園で昼食にする。ここから赤ハゲ山までの約5キロは、ずーーーーーーっと上りw。しかもけっこう勾配がきつい。ハイキングコースとあるが、これはもう登山だバカヤロウ。夕方の西ノ島行きの船に間に合わせる計画なので、時間がそうあるわけじゃない。春のUVキツめの日差しの下、アスファルトの坂を平地と同じペースで上るのは、ハンパじゃなかった;;。
 来居を出て約2時間、赤ハゲ山山頂に到着。島前三島を一望できる大パノラマで、苦労は少し報われた。島前地区は島同士がけっこう近く、瀬戸内の宮島にある弥山に上ったときの印象に似ていた。
 ここから赤壁まではほぼ全部下り。ペースが上がるのはいいが、脚への負担がキツイ。前日からの筋肉痛がつらい。道中、そこらじゅうで牛の放牧があり、親子で道をふさいだりする者もいた。ただ、牛は生まれつき恐がりのはずなので、近づくと勝手に逃げてくれる。でも、あんたら単純にデカイから、真横を通るときなんか闘牛のシーンとか想像しちゃって、こっちも怖いよw。
 坂を下りきり、仁夫方面との分岐から遊歩道をいくと、隠岐有数の名勝「赤壁

が見えてくる。こういった地名は大げさなものが多いのだが、ここの断崖は本当に赤い! ただ、赤壁のすごいところは、それだけじゃない。200m級の絶壁が連なっていて、柵らしい柵もなく、崖のすぐそばまで行けるので、感動とスリルを同時に味わえるのだ。足労した甲斐があったと大満足。
 あとは港に帰るだけ……なのだが、とにかくこの島には平坦な道というものがほとんどない。上るか下るかのジェットコースター地形なのだった。クレイジーな地形に悪態をつきながらも1時間半かけて来居へ。そこから小型船の「いそかぜII」で別府(西ノ島)へ。今日はそこで一泊。


※ 知夫里島情報(赤ハゲ・赤壁方面)
・飲料自販機のあるところ(確認したもの):来居港、郡(学校近く)、仁夫(公園や商店のそば)、赤ハゲ山山頂。仁夫地区を逃すと悲惨だと思うw。
・来居〜赤ハゲ山山頂は徒歩2時間とあるが、休憩したりバテたり写真撮ったりする時間は入っていない。それを抜きにしたとしても、かなりの健脚用タイムのように思える。
・ハイキング用の地図が島前の総合パンフしかない場合、観光協会の受付前にある旧版のパンフの方が便利だと思う。2008年版にはない、地形図とチェックポイント間の距離が入ったマップがある。
・参考タイム:七類港から「くにが」→来居港11:30→(公園で約10分昼食)→赤ハゲ山山頂13:47(約15分休憩)→赤壁15:00頃(約30分休憩 ※うろ覚え)→赤ハゲ・赤壁分岐16:06→来居港17:10→「いそかぜII」で別府へ


4/9
 朝9時頃、別府から町営バスで浦郷へ。そこから数百m歩くと由良比女神社がある。二本の古い桜が満開で、小さな社を包むように彩っていた。さらに歩くと浦郷小学校前のバス停が見えていく留。ここが国賀方面の起点となる。整備された舗装道路の坂を上っていくと、湾のある場所に出くわした。地図を見たら思っていた地形と全然違うので妙だと思っていた。先に摩天崖へ行くつもりだったのに……しょっぱなの起点から道を間違えたらしく、反対の国賀浜に向かっているということに、現地に着いてから気づいたw。ただ、結果的にはそれがかえってオーライ。摩天崖まわりだと下りばかりで、きっとつまんなかったろう(冒険者的にw)。名のあるガイジンなら、お国の言葉でこういうだろう。「それが人生さ」と。うっせーよ、わかってんよ、そんなことぐれー!w
 国賀浜では天上界

とか通天橋とか神々しい名のついた奇岩が並び、見ているだけで想像力をかきたてられる。通天橋を過ぎると、あとはひたすら低い草地しかない荒涼とした坂を、257mの断崖の頂まで延々と上るだけだ。しばらく上って、来た道を振り返ってみる。自分の歩いてきた軌跡が全部見えておもしろい。障害物が極端に少ないと距離感がおかしくなるらしい。自分がすごい冒険者になったような錯覚を味わうw。宇宙に行ってもこんな距離感なのだろうか。
 草地をサクサク歩いていると、小さな岬の先で放牧された馬が二頭、草を食んでいた。すぐそばまで近づいても怖がる様子はなく、ひたすら食ってばかりだw。ガイドなどに載っている摩天崖の撮影ポイントはおそらくこの辺り。構図はいいのだが、なにしろ肝心の断崖までが遠く、高倍率の望遠がないと満足できる写真は撮れそうにない。

 うぶ毛しか生えてないような山に吹きさらす冷たい強風にあおられつつ、牛馬よけの扉を開け、ようやく摩天崖の頂に到着。どんなにすごい絶壁が見られるのかと思いきや、壁の角度が悪かったり、草木に邪魔されたりで、ほとんど何も見えん!w。国賀浜方面への眺望は見事なんだけどね。専用の観光船に乗らないと、崖の全貌は見られないらしい(調査不足だったかも?)。
 ♪国賀の春は〜、何もない〜は〜る〜……でしたw。(しかも誰もいない)
 ※ 徒歩だけで行くなら、摩天崖もいいが、やはり赤壁の方がオススメだ。
 頂上広場の草原でしばらく大の字に寝転がって、旅情なのか孤独感なのか自然への畏怖なのかはよくわからないが「いろいろなこと」に思いを馳せる……。
 本来は行きで通るはずだった国賀旧道を下り、小学校前からバスで別府へ。フェリー「おき」で七類港、米子までバス、鳥取まで各駅でいって、そこで一泊。


4/10
 早朝、各駅で鳥取から浜坂、そして餘部へ。せっかくなので餘部橋梁を一目見ておこうと(下からね)。橋の長さ自体は300mくらいで決して長い方じゃないが、高さは40m以上あり、しかも下は川じゃなくて集落。写真やテレビでは何度目にしていても、やはり直で見ると迫力が違う。線路脇の桜がちょうど満開で、それがかえってもの寂しさを醸し出していた。

 再び列車に乗り、豊岡へ。ここから北近畿タンゴ鉄道(KTR)に乗り換え。ちょうどいい便が特急しかなく、仕方なくそれに乗る。それにしてもタンゴディスカバリー64号(他にもあるが)、快速並の停車駅の数で特急料金取るかねー。その根性には納得いかなかったが、空いていたおかげで、一番前の唯一の半展望席(1号車自由席)を確保できたのでよしとしておこう。
 天橋立駅で列車を降りると、街道を少し歩いて橋を渡り、日本三景の一つ「天橋立」に入る。写真などでは上から撮った図しか見たことがない。実際に松並木の砂道を歩いてみると、別に何か特別ものすごい史跡があるわけではない。だが、なんだか雑念が消えて、「ただそこを歩く」ことができる、不思議な空間だった。観光よりも散歩にちょうどよい。
 橋立を1時間ほどたらたら歩いて対岸へ。そこからケーブルカーで「股のぞき」で有名な傘松公園へ上がる。天橋立に来たらここに寄らなければ意味がない……といいきれるほど、確かに絶景だ。橋立そのものもいいが、そこから若狭湾までの眺望がなんともいえず、嘆息。ここらへんもタイミングよく桜が満開で、雅(みやび)〜んなお時間を過ごせましたとさw。

 再びケーブルカーで山をおり、今度は路線バスで丹後半島の東岸を1時間ほど北へいって「伊根の舟屋」へ。「伊根湾めぐり」の遊覧船に乗って、海上から舟屋を見学。遠目に見るとただの漁村だが、近づいてみると確かに海に突き出るように家が建っていて、二階が自宅で一階が車庫ならぬ船のガレージ(すなわち舟屋)になっている。

世にも珍しい建築を堪能し、船を下りて、今度は道路側から古い町並みを歩いてみる。渋ーい家屋や蔵などが狭い街道にずらりと並んでいて、なんだか昭和以前にタイムスリップしたような錯覚。石見銀山もいいが、ここはもっと雰囲気あるかも。
 伊根からバスで天橋立駅へ戻り、宮津から宮福線で福知山へ。各駅で京都までいって新幹線(さすがに帰りはムーンライトに乗る気にはなれないw)で横浜へ(中略)、自宅へ。はい、おつかれさん。




<おまけの珍ショット 〜摩天崖の頂にて〜>

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